好きなものを好きな分だけ。

好きなだけdrる。壁打ちブログ。

逢いたいのに、逢いたくない

キントレもアイランドも行ったのにまとめていないくらい、なんにも手につかなかったのだけど、ふと思い出して覗いて見たら、こんなブログにもアクセスして下さっている方が毎日いるみたいでとても嬉しかった。本当にありがとうございます。

今週末にはジャニーズJr.湾岸LIVEが始まる。お台場踊り場土日の遊び場って副題は本当になんなのそれ?って思うところなんだけど、当選者がとても少ない様なのに、運良く入れそうなのでコレはちゃんとレポしなきゃな…と思っている。語彙力の欠如が著しいので、本当になにいってんの?って内容になることはかるーく想像が着くのだけど、これからはちゃんとしたいな…と。

と言うのも、ここ数日、私の中で一旦いろんなものの整理が付いた。

そう、前々からモヤモヤしている掛け持ちの件だ。

舞祭組のツアーが決まったこの時期に掛け持ちを解消しようと決めてるのは本当に稀な存在なのだと思うのだけど、色々総合して元担(すでに元担呼ばわり)に全く湧けなくなっている事に気がついた。

初めは企画モノでもクローズアップされて、ソロのカットもあって、歌番組で出番も頂けて、感謝しか無かった舞祭組と言う存在が、正直、私の中でこんなに嫌いなものになるとは思ってもみなかった。

初めてリリースした棚からぼたもちは本当に嬉しかった。私は名古屋に務めているので、ゲリラ的に大阪で行なわれた握手会には行けなかった。悲しすぎて、エア握手会を名古屋で妄想して仕事をするくらいには羨ましかったし、シングル発売のお祝いを直接伝えられないのがとても辛かったのを今でもすぐさっきの事のように思い出す。本当に好きで、UTAGE!の収録のためTBSのスタジオには何度も通った。FCの募集や局枠でも通い、そこで気の合うお友達も出来、今でも親しくしてもらっている。放送はすべてDRで残し、普段WSは録画しないのだが、舞祭組絡みは全部録画し残していた。一生懸命に仕事をこなす自担に心底惚れ込んでいたし、とてもかっこよくて誇らしいと思っていた。

二曲目のシングルは曲を聞いてすぐに不快に感じていた。フロントメンバーも蔑む歌詞にどういうつもりなのだろうか?と思っていたし、メッセージ性が読み取れず本当に不愉快だった。MVを見たあとは更にそれに嫌悪感も加わり、私がその特典DVDを再生することは2度と無かった。(後にカラオケで友達が気を使い本人映像のあるそれを入力してくれ、目出度く記憶を呼び起こされ発狂したのも今思えば懐かしい。)この時には舞祭組の認知も不本意な形だったがとてもあがっていて、ドラマもやらせてもらって、本当によかった。ただ、私は正直な所を言うとこの時からすでに、もうこのイメージをこれ以上広めて定着させて欲しくないと思っていたため、初の舞祭組での連ドラも、(自分の地域が放送圏外と言うのもあるが)今ひとつ喜びきれて無かったように思う。

ただ、これで終わったら本当に災厄だとは思っていた。オリコンでは毎回1位を逃し、UTAGE!では音痴・ダメな子のレッテルを貼られる。本当は出来る子なのに…と思いつつ、でもブサイクでしょ?と言われると返す言葉がない。好きなジャニーズを告げる時は若干自虐を交えるように話す様になった頃、3曲目が出た。発売日は相変わらず変な日にちでマネージングの仕方にもイラつきはしたものの、3曲目は割と好きだった。本当にオリコン1位をとって欲しくてCDを山ほど買ったし、その山は今でもその辺に転がっている。1位では無かったもののコンサートではバンドスタイルで披露してくれたりして、新しくお仕事の道が拓けたように感じた。CM起用もされて、この路線で行けば舞祭組≠ブサイクになって、実はこの人達凄くね?!って言われる未来を一瞬想像した。アルバムの発売もコンサート中に発表され、きっとアルバムではいろんな曲調の曲が入り、舞祭組はブサイクでなくなり、アルバムツアーが始まるんだと思っていた。

でも、現実は甘く無くて、ツアーどころかアルバムも発売されなかった。何となく、それに触れることはタブーみたいになり、舞祭組はUTAGE!が終わって後進の番組でも、卑下にされていた。公共の電波でdisられる自担を見ていると、それがネタだと分かっていても、凄くしんどかった。でも、その機会が無くなると自担の仕事やアイデンティティは失われるのも分かっていたので、この頃からはもう見るのを断念し、録画だけしてTwitterで評判を確認しては見ずに録画を消すと言うスタンスになっていたし、最終的には録画もしない様になっていた。

自担を見ると哀しくて、懐古ばかりしていた。昔のキラキラ笑顔の写真やドル誌、バラエティ慣れしてない一生懸命な姿を見てみたり、過去に放送したドラマや過去に演じた舞台、まだデビューを目指していた頃の少クラの録画を見て、今、彼はこの時になりたかったアイドル像に近づいているのかな?と、リア恋こじらせた危ないやつよろしく悶々とし、私が思ってた彼の未来とは違う気がするんだけど…と現実から目を背け、私が今彼に湧けないのはビジュアルが悪いせいだと思うことにした。髪の毛が伸びれば、またかわいいかわいい出来ると自分に言い聞かせていた。

髪の毛は一向に伸びないまま、色んなゴタゴタが終り、4枚目のシングルを発売出来ることになった。

ここまで舞祭組と言うものが嫌いであるのに、舞祭組4枚目のシングルの道しるべは本当に嬉しかった。エイベックスHPの小出し宣伝を大変楽しみにしていたし、購入予約は即刻した。何枚をどこでしよう?と悩むのが楽しかった。

発売後は仕事終わり握手券も無いのに、ひと目遠巻きからでも見てみたく常滑に駆けつけた。その帰りに通常盤をまた買い足す位には、心の底から本当におめでとうと思った。今まで舞祭組のシングル発売はタブーっぽい感じだったのに、良くぞそこを発売してくれた!!と本当にエイベックスに感謝した。本人達主導の作詞作曲でまた一皮むけて、本当に舞祭組がブサイクでは無くなるんだと思った。新聞の1面にも広告を打ってもらい、発売日も水曜発売。やっと、やっと!!と思った。そして、念願のオリコン1位をオタクみんなでプレゼントできた時は本当に嬉しかった。

ただ、歌詞が某プロデューサーに宛てた感じが何とも言えず微妙だった。正直、きっかけを与えてくれたことは感謝はしているけれど、活動が一時期出来なくなった事、扱いが汚れメインになった事で負の感情しか持って無かった。でも、この歌詞。まさか去ろうとする方にそのような不謹慎なことも言えないのでそこは触れなかった。

綺麗に終わった舞祭組のシングル4枚。それで終りで私はよかった。オリコン1位が取れたからでも、お礼を伝えたい方への歌をうたえたからでも、理由は何でもいいから、そこで終わって欲しかった。

だが、綺麗になどおわるはずが無かった。勢いを取り戻したと言うように、先輩の冠番組に舞祭組はどんどん出演した。道しるべの歌詞の送り先である筈のあの方は全然去る気ないし、あの歌詞はなんやったんや!ってイラつきさえ覚えた。折角のゴールデンタイムに再度呼んでいただいても、変なコスプレの画像がTwitterのタイムラインに流れてきて、本当に悲しかった。即効で録画を消した。

だんだんと自担を見る機会を自ら削っていく。自分の応援の仕方が哀しくて、何を見たくて、どんな姿を応援したくて、この人を見ているのか分からなかった。

日に日にメディアのお仕事を見るのが怖くなり、キスマイレージも見なくなった。撮りだめて確認もせずDVDに落とす。次第にキスブサも確認しない様になった。

テレビの中の彼には興味がなくなっていた。

それでも、霞を食って生活する感覚で生きていられたのは、本体のキスマイの活動があったからだろう。それ以外にも紙面やブログもその霞の一部だった。

日本ガイシホールでの公演にはいった。今年は珍しく現場を全ステしなかった。予算や休みが無かったのもあるし、チケットが初めてのデジチケで気が引けたのもあるが、どうにも気が乗らなかった。でも実際の現場は本当に楽しかった。席が良かったのでDiver表紙おめでとうと即席で団扇に貼り、前をアリーナトロッコが通った時に必死で見せた。真顔でウンウンと頷いていたのが、今でもどういう意味だったのか理解できないが、その後の公演のMCでDiverの表紙やるって団扇に書いてあった!と言っていたそうなので、読んでくれたのかなぁ??と思うことにした。一緒に入ったお友達と二人でテンションがおかしいことにはなった。

デビュー日、メンバー皆ブログでお祝いをしていた。

メンバーの一人と自担だけはそれに触れなかったが、他担の彼はブログで色々懲りているし、自担はそういう記念日なんかを気にするタイプではないので特に気に止めなかった。一部では、それを残念がる声もあったが、私にとってのそれはテレビの中の彼くらいどうでもよかった。周りの声が煩わしく感じ、これ以降、ブログもあまり読まなくなった。

横アリの公演も楽しかった。名古屋程では無かったが、そこそこの近さで見れたし、なんと言ってもパフォーマンスがよかった。セトリもよかった。舞祭組の曲がないからだと言うのも、実は何となく知っていた。

満足して私の2017のアリーナツアーは終わった。9月はアイランドでいそがしかったし、終わっても、年末の心配をしていた。キスマイのドームと紫耀くんの舞台…被らないと良いなぁ…などとエスパーしていた。

数日前の私はまだ全然掛け持ちを続けるつもりだった。そう、10月5日から狂いはじめた。キスブサスペシャルの日だ。

木曜日に移動して、私は見るつもりもないのでテレビは確認しなかった。ただ、その日はジュニアの発表ごともあると聞いていたので、出張先の大阪で遅くまで起きていた。結果、そちらはdexの発表だった訳だが、Twitterを見たら、皆アルバムおめでとうといっている。今までも舞祭組ごとの大事なことはキスブサで発表している。全てを理解するのに時間はかからなかった。

そして、この時には一番最初にアルバムが出ると聞いた時のような期待は一切出来なかった。

実をいうと、以前に色んなバリエーションで出せますね!ソロなんかも!とプロデューサーに話してそれはダメだと言われている経緯を私は把握していた。そのため、今回のアルバムも舞祭組のブサイクらしいそれになる気しかしていない。

ツアーは会場はちゃんとしていたものの平日公演ばかりで、なんか既に……と気が滅入った。

そんなタイミングで自担が放置気味なブログを更新した。私はいつもの如く読んでいなかったが、タイムラインでの評判を聞きつけ、滅入った気持ちを払拭したく読み出した。

結論から言うと、キスマイ本体の記念日はスルーして舞祭組の記念日に感謝しているのが悲しかった。キスマイしかなかった時代から応援しているファンは「ファンあっての」のファンには入っていないような気がした。

もちろん、私の応援の仕方は自分でも以前からおかしいと思っている。とても好きで少しでも長く、多く見たいのに、自分で見るものを削っている。見たらイイじゃんと言われるが、でも、アレルギーみたいなもので本当に受け容れられないのだ。タイムラインには嬉しい!感動した!との賛辞が並んでいて、自分との意見の違いに息苦しさから吐き気を催した。

頭のどこかで、コレがよく聞く地雷と言うのものなんだと理解した。

私はしばらくはこの件を触れたくない。もちろん舞祭組のツアーは申し込むし、アルバムも買うのだろうと思う。アルバムの構成が私の思っているものと大きく異なっていて、あっさり手の平返しをするかもしれない。むしろ、そうあって欲しい。

でも、この内容を綴っている今も、天井がぐるぐると回って目を回してしまっている。

 

正直、紫耀くんの現場と被ってしまえばいっそ楽なのにと思ったりなどしている。